退職願の撤回

Q 転職するつもりで提出した退職願の撤回を申し入れたところ、会社は「もう受理したからだめだ」といい、手続きを進めてしまいました。どうすればいいでしょうか。

CHECK 1 退職願は、退職の通知か合意解約の申込みか、そのいずれの趣旨かを確認する。

2 退職願が合意解約の申込み場合、使用者の承認の意思表示がなされるまでは、それが信義に反するというような特別の事情が認められない限り撤回できる。

3 意思表示の瑕疵があれば、無効や取消しの主張が可能である。

合意解約(依願退職)と退職・解雇

 合意解約とは、労働者と使用者が合意によって労働契約を将来に向けて解約することをいい、労働者からの申入れの場合、「依願退職」といわれるものが合意解約にあたることが多いようです。また、合意退職の場合は、期間の定めの有無に関係なく、一方の当事者の申込みと他方の当事者の承諾により合意が成立し、合意内容どおりに労働契約が終了します。これに対し、退職(辞職)の場合は、労働者の一方的な意思表示により労働契約終了の効力が発生する点で、合意退職と異なります。

 依願退職の場合には、意思表示の瑕疵を主張して効力を争ったり、労働者が退職願を提出した後に撤回することがしばしば発生しています。この場合、労基法に規定がないので、民法が適用されます。

真意によらない退職願の取消し・無効

 形式的に労働者から退職願が提出され労働契約が解約された場合であっても、その退職願の提出が使用者の有形無形の圧力などにより労働者がやむを得ず提出したものであれば、退職の意思は真意に基づかないものとして無効または取り消しうることになります(民法95条、96条)。

 退職願を提出した場合であっても、例えば結婚退職の誓約書が有効だと信じて行った退職の承諾は意思表示の要素に錯誤があるとして無効(茂原市役所事件・福岡地判昭52.2.4)とした裁判例があります。

 このように会社に騙されて退職願を提出した場合などは、強迫もしくは詐欺によるものとして退職の取消しを主張できますが、強迫されたかどうか、騙されたかどうかを証明することは、必ずしも容易ではありません。

退職願の撤回

 退職願の撤回について、裁判例は、合意解約の申込みである退職願は、使用者の承認の意思表示がなされるまでは、それが信義則に反するというような事情が認められない限り、撤回できるとしています(前掲・昭和自動車事件)。一般的には。退職願が提出され、それを受け取った会社が退職辞令を出すなどして退職を会社が了解したことを労働者に伝えたときに、退職に関する労使の合意が成立すると考えられます。したがって、会社の意思表示が労働者になされていない間は、原則として、労働者は退職願を撤回することができることになります。

 会社は、退職願を撤回することが信義則に反すると認められるような特別の事情がる場合を除き、既に会社としての手続きを終了したことや手続き中であることを理由にして、退職願の撤回を拒否することはできないといわなければなりません(丸森町教委事件・最二小判昭34.6.26)。

 なお、承諾の権限を有する者による退職願の受領が承諾になると判断される場合もあります(大隈鉄工所事件・最三小判昭62.9.18)が、他方で承諾の意思表示をするのに辞令の交付等が必要となりますので、辞令の交付等が行われるまでは、退職願の撤回は可能です。

 一方、退職(辞職)の意思表示は、労働者の一方的な意思表示により労働契約を終了させるものです。使用者に到達してしまうと到達時に効力が発生します(民法97条)ので使用者の同意がない限り、撤回できないものとされています。この場合、「真意によらない」意思表示として無効もしくは取り消される(民法95条、96条)ことがない限り、労働契約は終了します。

 使用者が合意解約の申込みをし、これに対して労働者が退職願により承諾の意思表示をしたと判断される場合には、合意解約は承諾により成立し、退職願の撤回は出来ません。